2008年5月22日(木)
私が奥秩父の沢を好んで登っていたのは大学2年生から3年生にかけての頃だ。
ヌク沢もその頃登ったが、実はそれほど強い印象は抱かなかった。私は山をはじめた当初から、困難さだけを山に欲する登山者ではなかったつもりだが、それでもあの頃の私は今よりももっと、手応えのようなものを沢に求めていたのだろう、と思う。
しかしヌク沢は、どの沢登りのガイドブックを見ても絶賛されている秀渓である。
ナメとナメ滝の美しさに加え、この沢の上部には、昭文社の地図にも「幻の大滝」として記されている、3段260mの大滝が秘められている。すぐれた沢をいくつも擁する西沢渓谷周辺においても、沢登り愛好者がまず憧れる沢の一つと言ってよいだろう。
近丸新道を使って下部を省略して入渓する。すぐに大きな堰堤に行方をふさがれる。平成13年に建造されたこの堰堤を越えるのに、悪い高巻きを強いられる。その後も3つの堰堤が続く。すべてが平成に入ってから建設されたもので、学生時代に私が訪れたときにはなかったものである。
堰堤越えが終わり、ようやく沢登りらしくなったが、沢にはたくさんの倒木が倒れ、せっかくの美渓をそこなっていた。台風などで沢が荒れてしまうのは仕方ないこととはいえ、今日のヌク沢の荒れ方は半端ではなく、これでは遡行価値もないかな……と内心思わされるほどだった。
沢の途中で、岩に張りつくように咲いているピンクの花が目にとまった。近づいてみてみるとサクラソウの類であることがわかった。クモイコザクラだろうか……?
その後もこの可憐な花は岩肌のそこかしこに現れ、私たちの目をなごませてくれた。
そしていよいよ大滝とのご対面。一見それほどの迫力を感じないが、樹林に隠れて見えにくい滝の落口が、実ははるか上部にあることがわかり驚かされる。
かったるい堰堤越えも、難儀な倒木も、大滝を登りはじめるとすべてが吹き飛んでしまった。
天空から降ってくるかのような大滝の爽快な登攀は、それくらい素晴らしいものだった。
これほど大きな滝で、しかもすべてフリークライミングで登れるというのは、めったにないと言ってよいだろう。
下段、中段と登り、もうこれで終わりかなと思ったら、まだその上にさらに50m以上はありそうな上段が現れる。背後の空間が大きく開け、雄大な山並みが見渡せた。
大滝の上は、一転美しいナメとナメ滝が続くようになる。もうそれほど荒れてはいなかった。
美しいナメを穏やかな気分で歩く。
上部では雪渓が現れはじめた。まるで4月下旬の雪の量である。
ようやく辿り着いた稜線にはびっしりと雪が積もっていた。
近丸新道を下りはじめ、地面から雪がなくなった頃、ちらほらとシャクナゲが現われはじめた。
そして徳ちゃん新道に入ると、もうそこはシャクナゲの花園だった。
このあいだ登った天城山や昨日登った瑞牆で、今年はシャクナゲは(当り年と思っていたけど)はずれ年なのかなと、思わされた。それは私以外の登山者も口にしていたことだった。
けれど甲武信岳のこの戸渡尾根で、その考えは払拭された。
これほどのシャクナゲの花の中はめったに歩けるものではない。両側、花、花、花……。
長い1日の疲れを、絢爛豪華な花畑が忘れさせてくれる。
そして渓谷が近づき、シャクナゲ林が終われば、初めて見るほどの美しい新緑のカラマツ林が目に飛び込み、もはや1年分の森林浴をしたような気持ちになったのだった。
奥秩父の沢がまた恋しくなってきた。
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